大判例

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広島高等裁判所 平成6年(ネ)75号 判決 1996年3月13日

控訴人

馬場武男(X2)

馬場節子(X3)

右両名訴訟代理人弁護士

胡田敢

我妻正規

被控訴人

国(Y1)

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

村瀬正明

大日南宣彦

山崎秀信

安友源六

被控訴人

広島県(Y2)

右代表者知事

藤田雄山

右訴訟代理人弁護士

江島晴夫

右訴訟復代理人弁護士

安村和幸

右指定代理人

松井泰樹

川崎裕展

久保修

北畑博康

塚本厚

被控訴人

広島市(Y3)

右代表者市長

平岡敬

右訴訟代理人弁護士

宗政美三

上田泰直

右指定代理人

久保田一生

吉原靖樹

綿谷光洋

田村篤

松田幸登

松島美智子

西本勝信

理由

一  国家賠償法に基づく請求の可否

当裁判所も、控訴人ら主張の固定資産税等の過剰徴収額及び過剰納付相続税を国家賠償法に基づき損害として賠償請求できると判断するが、この理由は、原判決の当該理由説示と同じであるから(原判決理由一)、これを引用する。但し、原判決二〇枚目裏七行目の「相当である」の次に「(最高裁判所昭和三六年四月二一日第二小法廷判決・民集第一五巻第四号八五〇頁)」を加える。

二  被控訴人市の固定資産税等の過剰徴収及び控訴人らの相続税の過剰納付並びにその経緯〔略〕

三  被控訴人県の責任の有無

当裁判所も、控訴人らの被控訴人県に対する本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の当該理由説示のとおり〔原判決理由三(被告県について)〕であるから、これを引用する。

四  被控訴人市の責任の有無

1  固定資産課税台帳には土地の面積と評価額を登録することになっており、旧高陽町長が遅くとも昭和四五年一二月末頃までに登記所から地方税法三八二条一項に基づき本件土地の分筆登記の結果の通知を受けた際、本件土地の固定資産課税台帳には地積として二五九・四〇平方メートルと記載されていたと推認される。ところで、旧高陽町の課税担当者(以下「担当者」という。)は、通知書にはその地積欄に八五七・五二平方メートルとあり、さらに括弧書で二五九・四〇坪と固定資産課税台帳上のそれと同じ数値が加筆されており、これを平方メートルに換算すると地積欄に記載されている八五七・五二平方メートルと符合していること、当時は登記地積の単位を坪表示から平方メートル表示への書き換えがなされて間もない時期であったことから、担当者が、通常の登記地積の更正登記とは異なり、単に坪表示のままであった本件土地の登記地積を分筆登記の際に正しく平方メートル表示に換算した旨を併せて通知したものであると考え(登記官もそのように考えたからこそ、坪表示が加筆された代位登記嘱託書(副本)をそのまま被控訴人市(合併前の高陽町長)に通知したものと推認される。)、右通知書の記載に従い右課税台帳に分筆後の本件土地の地積として八四二・三二平方メートルと記載し(地方税法三八二条三項)、この地積を基に本件土地の評価額を求め、その評価額を右台帳に登録したものと推認される(〔証拠略〕)。

2  右認定事実及び、(1) 固定資産課税台帳に登録する土地の評価額を求める場合に用いる地積は、原則として土地登記簿に登記されている地積(登記地積)によるものとされているところ(昭和三九年一二月二八日自治省告示第一五八号固定資産評価基準)、前示認定の事実のもとでは担当者に右登記地積が誤っているのではないかとの疑念を抱かせるに足りる特段の事情は認められないこと(すなわち、担当者は右登記地積が現況地積よりも大きいことを客観的資料により容易に認識し得る状況になかったし、また、実地調査に関する地方税法四〇八条の規定は訓示規定と解されるうえ、市町村長に課せられている右調査義務の内容も土地の現況地目や利用状況など外見上判断し得る程度の調査をもって足り、「土地登記簿に登記する事項」の具体的な内容(例えば現況地積)についてまで実地調査をする義務はない。)、(2) 本件代位登記嘱託書は、道路用地の買収を行うにつき測量を行い、その都度代位登記嘱託書を作成している被控訴人県が作成したものであり、さらに、代位登記嘱託書に基づき土地登記簿に登記すべきか否かを審査する権限のある登記官の審査を経たうえで被控訴人市(合併前の高陽町長)に通知されているものである以上、担当者がこれを一応正しいものとして取り扱ったとしても無理からぬ面があること等を併せ考えると、被控訴人市(合併前の高陽町)の担当者が右通知から、その通知内容の誤りに気付くことが容易であったということはできず、また、担当者が右通知に従い誤った登記地積を課税台帳に記載したとしても、それは本件土地の地積の単位を誤って登記した登記官の過失に誘発されたものと認めるのが相当であるから、被控訴人市(担当者)は控訴人らに対し被控訴人国とは別個に独立の過失があるということはできない。

したがって、被控訴人市が本件登記地積を用いて算出した本件土地の固定資産評価額を固定資産課税台帳に登録したことは、登記官の過失に起因する結果にすぎず、控訴人らが右登録に係る固定資産評価額に基づき相続税を過剰納付したことにつき被控訴人国とは別個に独立の過失責任を認めるのは相当でないから、さらにその余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの被控訴人市に対する本訴請求は理由がない(本件は登記地積の誤りという登記官の過失に端を発しているところ、わが国の不動産登記制度のもと、国家の管理する公簿(登記簿)に寄せる一般の信頼性に鑑みると、不動産登記の専門官である登記官の右過失は重大であり、登記官による実質審査を経た本件登記地積を信じたにすぎない被控訴人市(担当者)の右行為は、控訴人らの本件損害(相続税の過剰納付)との間の法的因果関係上、登記官の過失行為に包摂されるとみるのが相当であり、これとは別個に独立の行為として評価することはできない。しかも、本件過剰納付の根本の原因となったのは本件土地の面積の誤りであるところ、相続税の申告にあたり土地の面積を把握するのは登記簿の記載によるのが通常で、本件においてもその方法がとられた(当審証人三木武彦)のであるから、右担当者の行為と本件過剰納付との間に相当因果関係があるかどうかも疑問である。)。

五  被控訴人国の責任の有無

1  登記官が分筆登記の際本件土地の登記簿に誤った地積を記載したことについて面積の単位を誤認した過失があることは明らかである。そして、控訴人らが右登記簿上の地積によって本件土地の面積を把握して申告をしたことにより本件過剰納付の結果を生じたのであるから、登記官の過失と本件過剰納付との間には相当因果関係があると認めるのが相当で、被控訴人国は、国家賠償法一条に基づき、右過剰納付により控訴人らが被った損害を賠償する責任がある。

なお、前示のとおり、(1) 被控訴人市(合併前の高陽町)の担当者は、登記官が登記簿に誤った地積を記載した過失に誘発され、本件土地の固定資産課税台帳に右誤った地積を記載し、これを基に本件土地の価格を算定して登録したこと、(2) 合併前の高陽町長が登記所から地積の単位を誤認してなされた分筆登記に伴う地積の変更通知を受けた際、担当者が本件土地の固定資産課税台帳に記載の従前の地積と右通知書記載の地積とが相違していることや登記地積が現況地積より大きいことに気付くことが容易であったとはいえないこと、(3) 固定資産税の課税実務上、固定資産課税台帳に登録する土地の評価額を求める場合に用いる地積は、原則として土地登記簿に登記されている地積(登記地積)によるものとされていることからすれば、登記所が本件のような誤った地積の通知をしたことに起因し、その通常の経過として被控訴人市(合併前の高陽町)の担当者がその誤った地積を固定資産課税台帳に記載し、これを基に本件土地の価格を算定して登録したものと認めるのが相当である。

したがって、被控訴人国が主張するように合併前の高陽町の担当者に右因果関係を切断する程の重大な過失があったとは認められない(このことは、控訴人らが相続税を過剰納付したことにより生じた利益の帰属主体は被控訴人国であって、被控訴人市ではないことを考えるとなおさらである。)うえ、前示のとおり登記簿の誤記載と本件過剰納付との間には直接の因果関係があると認められるのであるから、被控訴人国のこの点の主張は採用できない。

2  被控訴人国は、相続税については申告税方式が採用されており、相続財産たる土地の評価は現況によってなされるのであるから、登記簿上の地積と実際の地積が異なっていれば控訴人らは調査のうえ実際の地積を基に相続税の申告をすべきであるところ、漫然と登記地積を信用して相続税の申告をした控訴人らには重大な過失があると主張する。

なるほど、土地に係る相続財産の評価額は課税時期における実測面積に基づき算出することとされている(相続税財産評価に関する基本通達第二章第一節八)。

しかしながら、課税対象となる膨大な筆数の土地の総てについて現況地積を測量のうえ確定することは現実的ではなく、控訴人らが相続税を算出し申告納付するためには実際上登記地積、ひいてはこれに基づき算出された本件土地の登録価格によらざるをえないことは経験則上明らかであるし、当審証人三木武彦の証言によってもそのように通常処理されていることが認められる(相続税財産評価に関する基本通達第二章第二節一一以下の規定によれば、路線価の定めのない本件土地は、倍率方式により、固定資産評価額を一・六倍して評価額を算出すべきものとされており、固定資産税の登録価格が相続税の税額を算出するためにも用いられていること、しかも、右固定資産評価額を算出する基礎となる固定資産評価基準(自治大臣告示第一五八号)第一章第一節二「地積の認定」によれば(甲二五)、土地の評価額を求める場合に用いる地積は原則として登記地積によるものとされている結果、控訴人らが実際に相続税を算出し申告納付するには登記地積に基づき算出された本件土地の登録価格を用いざるを得ない。)。

したがって、控訴人らが登記地積に基づき算出された本件土地の登録価格を用いて相続税を算出し申告納付したことを捉えて重大な過失があったと評価することはできないから、控訴人らの重大な過失行為が介在することを理由に登記官の過失と控訴人ら主張の相続税過剰納付との間に相当因果関係がないとする被控訴人国の主張は理由がない。

六  控訴人らの損害

本件土地の地積は、他に特段の反証もないので登記簿上の地積である二三四・三六平方メートルであると認めるのが相当である。

そして、右地積を前提にすると控訴人武男は一一二万〇二〇〇円、同節子は九〇万六六〇〇円の相続税を過剰に納付したことになることは当事者間に争いがなく、そうすると、控訴人らはそれぞれ同額の損害を被ったことになると言うべきである。

七  過失相殺

1  被控訴人主張の過失相殺に関する当裁判所の判断は、次に訂正するほか、原判決理由四3ないし6に説示のとおりであるから、これを引用する。

したがって、被控訴人国の右主張は理由がない。

2  (原判決の訂正)〔略〕

八  弁護士費用

被控訴人国の不法行為と相当因果関係のある控訴人らの弁護士費用の損害は、本件事案の内容、認容額等に照らし、それぞれ一五万円と認めるのが相当である。

九  結語

よって、控訴人らの被控訴人国に対する本訴請求は、控訴の趣旨(二)の金員及び弁護士費用の損害各一五万円及びこれに対する平成二年一月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容し(なお、仮執行の宣言は相当でないから付さない。)、その余は理由がないので棄却すべく、これと結論を異にする原判決は一部不当であるから、原判決中控訴人らと被控訴人国とに関する部分を右のとおり変更し、控訴人らの被控訴人県及び同市に対する本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきで、これと同旨の原判決は相当であって右請求に係る本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書、九三条にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 松村雅司 岡原剛)

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